誠心の軌跡|120th anniversary special siteHAMADA

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HAMADAのチャレンジスピリット

第02回 
タイムカプセルに込められた濱田の”誇り”と“誠心”

2017/10/03

120年史編纂前に開封しました

 新社屋が完成した昭和53年の3月1日、「定礎」の裏にタイムカプセルが埋められました。それから約40年。来年の120周年に向けた社史編纂に伴い、今年の4月6日に開封工事を実施しました。  厳重に封じられたカプセルから出てきた12点の品は、松本豊社長と濱田陽平顧問が確認し、当時をうかがい知る貴重な資料に熱心に目を通していました。

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タイムカプセル開封の様子

タイムカプセルが埋められた
「昭和53年」を知る資料

昭和53年3月1日の日本経済新聞・毎日新聞/当時流通していた貨幣、郵便切手

創業者・濱田米次郎ゆかりの品が現代へ

 タイムカプセルの中には、埋められた当時を伝える資料のほか、創業者・濱田米次郎にまつわる品々が収められていました。明治40年に撮影された写真や書からは「今も変わらずに引き継がれている誠心」が伝わってきます。
 なかでも社宝に関わる資料は「私たちの原点」。これからも事業を継続していくために、この社宝から始まったという記憶を忘れないようにしたいものです。

明治35年頃八幡製鐵所時代の記念撮影(前列右端が初代・濱田米次郎)時

タイムカプセルの中身

鞴(ふいご)です

Q.これは何でしょうか?

Answer 社宝のふいごです。

 ふいごとは、金属加工のために火に空気を送り、火力を高めるための道具。創業当時の当社は鉄骨建築工事や製缶工事が主な業務だったため、この「ふいご」が欠かせないものでした。

技術伝承の「あかし」

 初代社長・濱田米次郎が明治31年の東田溶鉱炉の建設以来、鋼材の加工やリベット焼きなどに使用していたふいご。「末永く当社の技術を伝承していく」という想いを込めて、社宝として永久に保存することになっています。今は産機事業部門司工場東側に安置されています。当時は、年に一度「ふいご祭」を実施して操業の安全を願っていました。

稲荷大明神に秘められた想い

 鍛治職人や刀工、鋳物師のなかで広く稲荷信仰が浸透していたのは、仕事に「ふいご」(炎に空気を送る道具)が欠かせなかったから。ふいごには、キツネの皮が使われていたため、キツネを祀った「稲荷大明神」を詣でる習慣があったそうです。

鞴の実測図/鞴の設計図/稲荷大明神

COLUMN 濱田重工創業当時の日本

 濱田重工株式会社が創業した1898(明治31)年は、伊藤博文や山県有朋など、明治維新に大きな功績があった元勲たちがまだ内閣総理大臣を務めていた時代。けれど、近代工業化への動きは急ピッチで、すでに九州でも九州佐世保線や門司ー長崎間に鉄道が開通。こうしたなか官営八幡製鐵所の建設が急務だった。
 創業時の工事である東田第1・第2溶鉱炉の加工・建設工事(1898(明治31)年5月〜1900(明治33)年10月)の請負金額は、135,600円。当時の物価から判断すると、現在の価値にすれば数億円の工事であったことが分かる。

当時の物価